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私の名前はジョシュア、人間ではない。齧られたリンゴマークのパーソナルコンピュー タに主人がジョシュアと命名してくれたのだ。そして相棒がマウスのカプリッチオ。マウスといっても鼠ではないし、もちろん人間でもピノキオの親戚でもない。キーボードを用
いない入力方法としては最も手軽なパソコンの入力装置で、その恰好が鼠に似ているので マウスと言われている。
私とカプリッチオ、そして平均的日本人男性である我らの主人、万象氏が一家の構成員 である。
ある日万象氏の気まぐれから、一家は海を渡って中国北京に行くことになった。主人が 語学留学という名目で日本脱出を企てたからだ。その時何を持って行くか散々迷った万象氏は、スーツと革靴の代わりに私達を連れて行くことにしたのだ。きっと暇を持て余して退屈した時に私達をオモチャにする気なのだろう。
*
湿気のないカラリとした晴天の真下にフラフラになって一家が到着したのは、北京の空 高い九月のことだった。
トコロテンのように到着ロビーの玄関まで押し出されて、やっと立ち止まった北京首都 空港の通路は人込みでごった返していた。たった今到着した人群れの中から目的の人間を
探し出そうとする中国人の生真面目で少々怖いくらいの視線が交錯するアーチの中をくぐ り抜けると、万象氏は身体中に汗が吹き出ているのに気がついて小さなハンカチで額の汗
を拭った。東洋人である自分の遠慮がちな体臭が、その時中国の匂いの一部になっていく のに万象氏は気づいて安堵した。
*
我らが敬愛する主人の名前は森万象氏(27歳)。仕事を辞めて北京にやって来た。本人は最近やっとこの名前が気に入ってきたらしく、<森の中に何万匹も象がいるのは俺の名前だけだ、アフリカにだっていないんだゾゥ>、と酔って帰宅した日などは机の前に座
って卓上スタンドの明かりの中で密かに自慢しているのだ。
でも本人はこれまで象と格別の関係を築いてきた形跡もなく、部屋に象の写真が飾って ある訳でもない。ただ、たまに行く動物園の象の檻の前で、他の動物より少しだけ象と睨
み合う時間が長いらしい。それも取り立てて理由がある訳ではない。本人から伺ったとこ ろでは、小学生の頃から「万象の象は象の象なんだ」と同じ言葉を呪文のように数匹の象
の前で唱えているとどうしても一分は経過するということだ。
ただ、ここで念のためにすでに他界した彼の父親の言い分も付け加えておこう。父親が言うには、万象は「森羅万象」の万象で、世界に存在する数かぎりないすべてに愛情を抱
<人間になるように、という意味を込めてあるらしいが、それを本人だけが自分の性格に 合わせて曲解し「万象の象は象の象」に育てあげた、というのが森家の他人に触れられたくない定説になっている。
時々親戚が集まって酒の席になると、殊勝な万象氏に同情する者は「万象、名前なんか に負けるんじゃない。考えてみりゃ、お前の親父だってかなりいい加減なんだ。森羅万象から羅を取っただけじゃないか」と言って万象氏を慰めてくれるのだが、それがまた万象氏にはひどくこたえるらしい。
名前の話が出たついでに、私達の名前の由来も紹介しておこう。
カプリッチオというのはイタリア語で音楽用語らしく、一定の形式がなくて気分の変転 を主とするリズム曲をいい、綺想曲、狂想曲ともいうらしい。この一定の形式がなくて気分の変転を主とする、という気分屋で浮気っぽい部分がマウスである彼の性格にぴったりで、一目見てこいつだと万象氏は直観したそうだ。
以前に「一目見たというのは何を見たのですか?」と質問すると、「辞書だ」と本人は 極めてぶっきらぼうに答えた。そこでその指定された辞書をみると、がぶり・かぶりつき
〔囓(り)付(き)〕・かぶりつく〔囓(り)付く〕の順番の後に出てくるのだから、本
人が何を想像して辞書を引いていたのか疑いたくなるのもおわかりいただけると思う。万 象氏は〔かぶりつく〕のを一応否定しながら、たまたま398ページが開いてあってそこ
から彼の名前を発見したのだ、と折り目の入ったページを開いて力説するのだ。まぁ、今回は主人を信じるとしよう。
こっちに来て知り合ったカプリッチオの友人で自称ミッキーマウスJr. などは、持ち主 が五十音表にサイコロを十五回投げ入れてやっとシモンという名前に決まったそうだ。彼
はその名前が嫌いでシモンとミッキーマウスJr. をワープロの辞書に単語登録して必要な時は勝手に自動変換しているという。
さて、今度は私の名前の紹介をしましょう。
ジョシュアというのは、聖書に登場するいかにも高貴そうな名前だけど、実は万象氏が 『ウォー・ゲーム』というアメリカ映画を観てとても気に入った名前らしい。その映画では、全面核戦争のシュミレーションプログラムを作ったフォルケン教授の亡くなった子供の名前がジョシュアで、そのプログラムのパスワードもジョシュアだった(なんとなく賢
そうな名前だと思いませんか?)。
何でも万象氏の言い分では、ジョシュアのシュという摩擦音が真ん中に入ることで、< ジョシュア>と呼びかけるときに、自然に自分の精神状態が落ち着きを取り戻し、自分の
愛情と創造力が龍巻状になって天空に駆け昇っていくのを感じることができるというのだ 。それで万象氏は自分の子供が誕生したらジョシュアと名付けることにしたときわめて意
欲的なのだが、たまに座る机の前で「森ジョシュアか、うーん、逆にするとジョシュア森 だろう。外人みたいだもんなー、駄目かなー」と、呻いたり溜め息をついたりしていたの
を聞いたことがある。名前で子供の頃から苦労した万象氏は、ここは慎重になってしかる
べきだろう。しかし、こんな心配もまだまだ先のこととお見受けする。
もともと森家には名前をつける風習はないようで、三年前からの飼猫も、「ニャンコ」 とか「おい、ミーちゃん」とか飼主の機嫌のままに呼ばれているものだから、猫様は自分
の名前が一体どれが本当なのかわからないままアイデンティティーの拡散に苦労している という。どの名前にもそれなりの反応をしなくてはいけないので神経が疲れるのだ、と深
夜トイレに起きたミーちゃんが私に苦労話をしてくれたことがあった。だとすると最初か ら名前をいただいた私達などはきっと幸せな方なのだ。
*
繙繙万象氏秋の手紙/牛山満先生へ
満先生、お元気でしょうか。出発前の送別会ありがとうございました。三次会が引けて 、先生を背負ってご自宅までお送りし、あの悪臭と湿気の紛紛とした万年布団に先生を寝
かしつけたこと覚えていらっしゃいますか。カラオケを歌い過ぎて嗄れた声が、「お前、 かかあはまだか。よし、よし。男はかかあなどもらっちゃいかん。仕事だ、男は、仕事だ
。分かったか、万象」と、階段を降りて帰ろうとするぼくを引き留めたのです。
満先生安心して下さい。かかあはまだです。
北京に来てから十日目、今日やっとぼくの中国語クラスの発表がありました。どうして そうなったのか不明なのですが、他の日本人と違ってぼくだけスペイン語圏の人達と一緒
のクラスです。午後はクラスの登録と授業料の支払いに事務室に行って来ました。そこで ぼくは紅茶の中で溶け出す角砂糖のように甘美な中国語に出会ったのです。
暗くてじめっとした事務棟の重い扉を押して外に出たときのことです。前庭の花壇の花 々の鮮やかな色が目に飛び込んできて、九月中旬の北京の戸外は足元は涼しいけど頭がポ
ッとするくらい明るい精気が漲り、校内の通りには陽炎が立ちのぼっていました。その色 彩のコントラストの混乱から早く抜け出そうと露出オーバーになった眼球を調整している
と、玄関前の木立の中から女の子の声が聞こえてきました。それは天女の羽衣を声にした ような感じの、ふんわかした音の波でした。まるで雲の上を歩いているような浮遊感に溢
れた透明な声なのです。蕗の葉の上に地球を乗せた天女が笑う度に、その波動が長い茎を 伝わって、葉の上の地球がポーンと空中に弾むのです。初めて意味を持ってぼくの耳に到
達した中国語は風に乗って聞こえてきたのです。中国語は美しいとその時初めて感じまし た。
戸外の明るさに慣れたぼくの眼前には二人の男女が一本の木の側に立っていました。
白ワイシャツに黒っぽいズボンをはいた男の子が天女の声に答えています。彼は手に長 い棒切れを持って木の枝を叩いていました。若い男女の白昼の不思議な行為に引きずり込
まれて眺めていると、どうやら二人は木の実を取っているらしいのです。天女は男の子に 、「実を落とす場所が悪いわ、全部用水路に落ちてしまうじゃない」と言っているようで
す。男の子は天女に向かって、「無理言うなよ、そんなに計ったようになんて落とせっこ ないさ」と言っているように聞こえます。
ぼくは一瞬日本の笑い話を思い浮かべました。和尚さんが竿で星を取ろうとしている子 供達に「そんなことでは星なんて取れっこないよ。馬鹿だね、その屋根に上がって取りな
さい」という話です。
ぼくは彼らに聞きました。「ねぇ、何してるの」
もちろん何をしているかは見ればわかることなのですが、その時はこういう中国語しか 口をついて出てこなかったのです。
赤いズボンに花柄のブラウスを着た色白でおかっぱ頭の天女は、「棗の実を取っている の」と答えてくれました。天女は下界の男の不躾な質問に臆する風もなく、いとも簡単に
答えてくれたのです。もちろんぼくには天女の言っていることが理解できません。
ノートを取り出して何の実なのか漢字で書いてもらうことにしました。ちょっと日本の 漢字と違うようですが、ぼくにはそれがナツメだということが何となくわかったのです。
男の子がいつの間にか天女の側に来て、ザーォ(棗)と中国語で発音してくれました。 その男の子には何とも頼り無い口髭が生えていました。天女は左手に棗を入れたビニール
袋を持っていました。ぼくはその時二人が仲のよいカップルであることに初めて気がつい たのです。
「謝謝! 再見」と初めて口にしたぼくは、部屋に帰ってわくわくしながら辞書を引い てみることにしました。すると棗の項目にこんな諺が載っていました。「有棗儿没棗儿、
先打一竿子再説=棗があるかないかまず竿でたたいてからのことだ(海の物か山の物かま ずやってみなくちゃ)」という諺です。
辞書の世界と現実が一致してぼくは何だかとても嬉しくなりました。それは機内から下 北半島のまさかりの部分を見た時と同じ感動でした。早速ぼくはこの諺をカードに書いて
ドアに貼る表札を作ることにしたのです。「ドアの向こうの部屋の中ではどんな人間が七 転八倒して呼吸をしているのかドアをノックしてみなければわからないじゃないですか、
さぁ、叩いてみてください、歓迎しますヨ」という意味に勝手に解釈した訳です。
これがぼくの中国語初体験でした。
北京の街頭には白菜が出回り始めています。日本のに比べてヒョロッとしてのっぺりと した白菜です。北京の人にとっては冬の貴重な野菜だそうです。トラックに山と積まれた
白菜が店の前に並べられると、市民がどこからともなく集まって来て列をなし、荷車や自 転車の荷台に白菜の束を積んで家路につきます。またたくまに売り切れた売場では、白い
帽子をかぶり青くて長い制服を着たおじさんが帚で白菜の屑を集めて清掃しています。と きどき通りで白菜の切れ端を踏むと、カシッと音たてて潰れる白菜にみずみずしさを感じ
て一瞬心和むことがあります。
それから焼芋がこちらにもあるのです。いゃ、やっぱりこちらが本場なのでしょうか。 人通りの多い辻に煙突を太くしたようなストーブの側で焼芋のおじさんが立っています。
日本より格段に安いのでおやつに買ってみました。こちらの芋は中が黄色で驚きました、 と言うより黄色をもっと濃くした色で、水分が多くてパサパサしていません。友人の話で
は日本と同じ種類の芋も中にはあるそうですが、今のところはお目にかかっていません。
学校付近の商店街に行くと大抵の物は揃います。先日は日本に留学した経験のある事務 室の姜さんという女性に連れられて友人三人と自転車を買いに行きました。ところが買っ
てからが大騒ぎでした。公安局に登録しなければならない、ということで三人で早速買っ た自転車に乗って、指定された場所に行こうとしたのですが、自転車が中々いうことを聞
いてくれないのです。一人の自転車はペダルのねじが緩んで、漕いでいるうちにペダルが 行方不明になってしまったのです。もう一人の自転車はブレーキのワイヤが切れてしまい
ました。ぼくの自転車はというと後輪のタイヤがチェーンケースに接触して擦れてしまい タイヤの黒粉が路上に散っていくのです。どうりでやけに重いペダルだと思っていたので
すが、後ろから指摘されて始めて了解しました。しかし、心配はいりません。北京には自 転車修理店がいたるところにあるのです。それだけ需要があるのも頷けます(でしょ?)
。
満先生、ぼくはやっと自分のしたいことを北京から始めることができそうです。高校二 年の夏休みに入る直前、突然先生のところに相談にお伺いして、先生を当惑させてしまっ
たことがありました。覚えていらっしゃいますか?
あの頃のぼくは、『ジャックと豆の木』の話が頭に引っかかって悩んでいました(結局 それがまだ尾を引いて北京まで来てしまったのですが)。
『ジャックと豆の木』の木は当然地上から天に向かって成長しているのに、ぼくの植え た木は逆に天から地に向けて伸びてきているのではないか、という不安でした。
繙ある日、日本の少年ジャックは、母親の言いつけで乳を出さなくなった雌牛を売る ことになりました。ところがジャックは道で出会った男と雌牛を交換してしまい、豆の種子を手に入れました。少年がその種子を家の庭に植えたところ、その日から少年の眼に見
える物はすべて倒立して見えるのです。豆の木は地上からではなく天空から生えてくるよ うに見えるのです。それは少年にとって予想もできない大変な驚異でした。
「さぁ、この幹をしっかり抱きなさい。そしてどんどん上に登って行くんだ。そうしたら 君のお望みの天空に出られる。そこが君の求めている天国だ」
天上からどんどん成長してくる幹が恐ろしいほどよく響く声でそう言いながら、少年に 向かって迫ってくるのです。でも、いくら登ろうとしてもだんだん上に行くに従って幹が
太くなり手が届かなくなるのです。脅迫神経症に陥った少年は人食い鬼の家(西欧)に勝 手に三度も押し入って魔法の品物金の袋・金のたまごを生むニワトリ・金の竪琴
を盗んで来たのです。不味い人間を食わなくても生活ができるようになった人食い鬼は、 少年の行動にも鷹揚に構えて見逃してくれました。この人食い鬼の家での少年の体験は、
その後の少年のすべてでした。少年は人食い鬼の家にある書斎で本を見つけました。その 本を読みつくすせば自分も魔法の品物を作ることができる、と考えたのです。
その本の出だしはキリスト生誕から始まって、ゲルマン人の大移動・イタリアルネッサンスの勃興・コロンブスの アメリカ大陸発見・宗教改革・コペルニクス『太陽中心説』
・種子島にポルトガル商船漂着鉄砲伝来・イギリス東インド会社設立・ベサリウス『人体 の構造』・江戸幕府成立・宗教戦争・デカルト『方法叙説』・パスカル『パンセ』・イギ
リス名誉革命・微分/積分学の完成・ニュートン運動力学完成・イギリス産業革命・フラ ンス革命・前野良沢/杉田玄白『解体新書』・クック三度の世界周航・ナポレオン百日天
下・ラマルク『動物哲学』・大塩平八郎の乱・アヘン戦争・ヘルムホルツ『エネルギー保 存則』・マルクス/エンゲルス『共産党宣言』・ラエネク聴診器考案・明治維新・シュリーマンがトロヤの遺跡発掘開始・ダーウィン『種の起源』・パスツール自然発生説論破・
メンデル『雑種植物の研究』・ダイムラー自動車用ガソリン機関製造・日清戦争・レント ゲンX線発見・ウィルスの存在がわかる・ノーベル賞が初めて授与・アインシュタイン『
特殊相対性理論』・量子力学誕生・パナマ運河開通・遺伝子説確立・第1次世界大戦・ソ ビエト十月革命・世界経済恐慌・湯川秀樹『中間子理論』・第2次世界大戦・抗生物質発
見・太平洋戦争・国際連合ができる・中華人民共和国誕生・・・・・・、しまいには手が 痺れて木にしがみついていることができなくなって地上に落ちてしまいました。それでも
、少年は天上に登ってみたくてしょうがなかったのです。
少年にとって豆の木とは<知のお化け>と化した観念そのものでした。少年は何度も何 度も<知の系統樹>の幹に足を掛けて登ろうとしました。もし必要なら英語でもフランス語でもドイツ語でも、なんでも習得する覚悟がありました。そうして最後に倒立した像を自分の中で正立像に変えてやればいいのだ、<観念のお化け>をなんとか自分の意識のなかで逆転すればいいのだ、と思ったのです。
ジャックはあの時のぼくであり日本人であったように思うのです。ジャックが道端で男と出会い雌牛と交換して手に入れた種は日本人にとって、眩しい欧米の花咲く種子だっ
たのです。そしてぼくにとってその種子は、防ぎようもない名詞の雨でした。その雨はこ れから雪に変わるような冷たく肌を刺す雨ではなく、実体の希薄な辞書の中の雨だったの
です。ぼくは名詞の洪水の中にいました。その洪水のなかでぼくは、流れに飲み込まれた 発育不全の籾だったのです。
学校主催の弁論大会に参加した時のぼくのテーマ『トコロテンとビッグX』は、トコロ テン式学校教育で育成されるクローン人間とヒーローの対比でした。ぼくのヒーローは天
に根を張る大木を鷲掴みにして空からもぎ取り、ぼくの庭に植え替えてくれるビッグXを 渇望していました。その頃ぼくはdomesticという英単語を覚えました。<domestic
people > 、これが今の自分ではないのか、と一瞬にして理解したのです。何者かの見えざる手に よって飼育されている自分、人工の中で生きている自分、教育の中で画一化させられてい
る自分を。ぼくは学校教育のなかで無能になりたくなかったのです。ぼくは洪水の中を自分の力で泳ぎたかったのです。そして今でも泳ぎ切りたいのです。
北京はぼくの最初の深い海です。
*
冬休みに入ったばかりの音大のピアノ練習室のように、その日は寒々として音の聞こえてこない不思議な金曜日だった。
いつもは大声で歌いながら朝の廊下をモップかけしている管理人の少年達も息をひそめている。きっと肌寒い天気だから、この建物の中の秘密のねぐらで暖かい布団にくるまって無邪気に夢でもみているかもしれない。そんな少年達の静謐な寝顔が見たくて、思いっ
きり掛け布団をはいだらきっと胡瓜のような少年の匂いがすることだろう。
少年達には、眠れば眠るほど成長する日、という「特異日」がそれぞれの人生には必ず一日は平等にあって、繙あるドクターは、その「特異日」が骨の成長に影響を与え、必ず木の枝の節目のように骨になにがしかのマークを印しているにちがいないと、人体の脛骨と大腿骨をつぶさに研究し、特異日である「最大の幸せ日」(そのドクターの造語)を特定しようとしている人物がいる繙もちろんそんな日は一日だけでなくたくさんあった方がいいに決まっているけど、最近の少年は忙しいし、個体差があるから一日が妥当な線かもしれない。
眼が覚めたら知らないうちに身長が何センチも伸びていて、秘密の部屋に通じるドアを開けるとき、戸の上枠に頭をぶつけて初めて自分が大人になったことに気づくのだ。睡眠を貪る幸せを、幸せなこととわかるには、惰眠を幾千日もかさねて大人にならなければ理解できないとは、なんとも人間とは愚かにも悲しく切ないものだ。
カプリッチオと私は、その物悲しくも楽しい人間の記憶を食べて生きている。毎日万象氏が入力した日記を盗み見し、深夜ふたりで激論を交わしながらフロッピーディスクにたまった言葉を掻き集めて、われわれ北京在住のパソコン仲間で作る同人誌『再見!北京』に投稿する原稿を作成している。こうして自分達にもっとも不足している喜怒哀楽の表情筋を獲得して、人間のお相手をしようとこちらも日々努力しているのだ。
■万象氏の日記から
十月×日
鈍色の照明弾を打ち上げたような空の下では、ただ一人ボイラー担当の無口な少年が頬を真っ赤にして黙々と一輪車を器用に操りながら石炭を倉庫に運んでいた。
外では冬の準備が始まっている。
午後から雨になった。
北京に来てから敏感になったことの一つに雨の匂いと埃がある。
乾燥している街に少しでも雨が降ると、一度空中に舞った埃が落ち着き先を見つけるまで、純毛の毛玉を焼いたような匂いが辺りに漂う。この匂いに街が閉じ込められて狼狽している間、僕はいつもより大きな声を出して「ああ中国や! 中国や!」と、いつもの癖で中国語で言ってみる。すると干からびた呼吸器が湿気を帯びて声帯が潤んでくるのがわかるのだ。だがあまり声帯にのびのびと自由を謳歌させると、例の埃が口中に着地し、舌の上に皮膜が一枚できたようになり、その感覚は妙に虚無的な気分にさせる。
*
空中に浮遊する物体は公平を旨とするらしく、私たちマシーンにも塵が降り積もり、白いベールをプレゼントしてくれる。
先日の北京在住外国籍マシーン連帯会議で、こいつにはもううんざりだ、どうにかしてくれ、と「北京物体救済連盟」理事のフェルナンド氏はテーブルから身を乗り出して真向
かいの「北京天体援護同盟」幹事のミレット氏に食いついていた。
確かに私もフェルナンド氏の怒りには賛同する。
例えば、翌朝目覚めると、噴火口の山小屋で寝たのかと錯覚してしまうくらいに部屋中に塵が積もっている。それをほっといて二日掃除しないでいると、塵で字が書ける。その
せいかこの頃プリンター部分の調子が悪い。夜ガーガージージーと咳き込むのと、印字の際に左端がずれるのだ。
「北京という街は、マシーンまで喘息持ちにしてしまうんだから困ったもんだ。この間初 めて中国人の家庭を訪問して最初不思議に思ったことは、なんで電気製品に布地が被せて
あるのか、ということだったんだけど、ジョシュアも気がついた?」
「あのテレビにかかっているビロードの生地とか、カセットデッキにのっかっているカー テン生地とかかい?」
「そうそう。最初僕が見て思ったのは、へぇーこっちの人は電気製品を大切に使ってるん だなって感じたんだけど、今考えるとあれはただの埃よけなんだよね。日本でも昔テレビ画面に厚い布地を垂れ下げていたことがあったようだけど、それから姿を消して付属品にもついてこなくなったよね」
「中国人と日本人の埃に対する態度ってちょっと違うよな。街中を走るバスを見てても、何か中国人て埃に対する抵抗を諦めた国民だなって思うことがあるよ。毎日毎日埃と戦って掃除に明け暮れていた主婦が突然徒労感に襲われて、それからは必要なときしか掃除を
しなくなったような、そんな感じ」
「ところでジョシュア、プリンターのあの鳴き声どうにかならない」
「うん、私だって気にしているさ。結局プリンター部分の移動がスムースじゃないんだ。
きっと油の上に積もった埃が原因だと思って、すぐ北京流に布切れを買ってきて使用後は
必ずプリンター部分だけじゃなくディスクドライブも隠れるように覆っていたんだけど遅
すぎたよ。プリンターのゼイゼイ音やっぱりうるさいかい?」
「いくら陽気な僕でも、あのギー・ギー・ズズズズズッーっていう、性能の悪いシンセサ イザーが作った海鳴りのような音を聞かされる度に滅入ってしまうんだ、最近」
「やっぱり、そうか。私もその悲鳴を聞く度に、プリンターエラーのメッセージをいつ出そうか考え込んでしまって憂鬱になるんだよ。そのエラーメッセージが出るときまって万象氏は悲しそうな顔で、ブツブツと覚えたての外国語で、シャイセとかタマーダとか言い
ながら私の横っ面を水膨れのグローブみたいな手で叩くんだ。中国に来る前に全部チェックしてきたんだけどな」
これは私とカプリッチオの、人間が寝静まった深夜の会話だ。聞こえる音といったら給湯室のガボガボボコボコと体躯を振るわせて蒸気を噴出する給湯器の音と、だれかが水道の蛇口を締め忘れてコンクリートの流しをたたく水音だけだ。大国中国が音となって消え、水となって去っていく。
*
■万象氏の日記続く
冷たい雨が寒気団に衝突して、留学生楼の前庭のベンチで足組して居座ろうとする頃、窓辺に立って外を眺めていると窓ガラスが呼気で曇るようになった。曇ったガラス窓にいろいろ得体の知れない文字を書き込んでいくうちに、窓ガラスの向こうに音の世界が忽然
と現れた。しかし、五道口商店街につづく路上にはいつものようにバスが往来し、傘をさして歩く人や、雨合羽を着て自転車に乗る人もいるのだが、今日は街そのものがダンマリを決め込んでしまったようでいつもの喧騒が聞こえてこない。自転車の後輪の籠に入れられた食肉用のニワトリも雨にそぼ濡れていっそう侘しく見える。時折思い出したようにバ
スの女車掌のマイクを通した甲高い、人を威嚇するような声が聞こえるくらいだ。久し振りの雨が街中の音をその柔らかい舌で宥めてしまったのだろうか。
○万象氏の回想
でもぼくはこんな雨の日のオブラートに包まれて耳に届く音が好きだった。たとえば雨 の日の電車の中で・・・・・・。
高校一年の時の汽車通学をしていた頃のことだ。当時ぼくは国鉄K線のT駅−H駅間を半年ほど電車を利用して通学していたことがある。T駅にはアサヒビールT工場への引込線があった。その工場の空にはいつもホップの香がばら蒔かれていて、工場の煙突から煙
が出ているとき駅に降り立つと芳しい香りが鼻腔の粘膜を刺激してくる。残念なことにぼ くがこの街を離れてしまってからというもの、ぼくとビールとの関係は香り以上の親密な間柄までには進展しなかった。ぼくにとってのビールはやはり植物の領域を抜けきっていない青いホップの香りのままで、窒息してしまいそうな濃密に泡立ったアルコール水溶液
が人体の迷路をさまよう前に製造中止になってしまったのだ。
それから数年後に赤字経営を続けるK線はビール工場を残したまま廃線となった。
朝、T駅に向かって歩いていると時々出くわす同級生の村井君がいた。新聞部所属の彼はいつもぼくの後ろを追いかけるようにして、各学校の新聞記事の詳細を教えてくれるのだが、繙当時F市の高校では学園闘争の真っ最中で、縦割り討論会だ、オルグだ、退学処分撤回要求だとかで毎日校内がワンワンと揺れていた繙フンフンと聞き流していたからいつもその詳細の部分が頭に残らなかった。記憶に残っているのは村井君の目と歯の大きいことと、歩調が最後まで合わなかったことだ.
子犬のように足元でまとわりつく村井君につかまらずに帰ることのできた雨の日のこと だ。
H駅から乗車して、空いていた席に座ろうとすると、その隣の席に吉井さんがいた。
「あれっ、吉井さん、元気かい」
「うん、元気だよ。万象君は」
「ありがとう、元気元気。これからY市に帰るの。みんな元気かな、河島さんや宮口さんも」
「宮口さんはもう辞めて帰っちゃった。いまは河島さんと二人だけ」
彼女は中学時代のクラスメートで、今はY市の菓子製造業に中学時代の仲間三人で就職 していた。
中学二年の時、ぼくと彼女にちょっとした事件があった。
視聴覚教室でTV授業のあった休み時間、彼女は教室のオルガンを弾いていた。彼女の隣に立ったぼくは気まぐれにそのオルガンの鍵盤蓋に親指を挟んで蓋をそっと押してみた
。指先が充血して赤くなっていくのが見えた。
そのとき彼女と目が合い、「蓋を押してみろ」とぼくは彼女の目に向かって言った。彼女はぼくに言われたとおりに、指が挟まれたままの蓋を押した。「痛いっ! いててて!
」と叫びながら、ぼくは瞬時に彼女の膝裏を蹴りつけてしまっていた。なぜ蓋に指を挟ん だのかも、なぜ押してみろなどと命令したのかも、その時も今もわからないでいる。彼女は蓋を押している間、セーラー服と同色の黒い瞳でじっとぼくを見ていた。予想も
していなかった強い力にぼくは唖然として見返すだけだった。
これが彼女とぼくの中学時代の唯一の交渉史で、それ以来ぼくは彼女と話すこともなく卒業してしまいオルガンからも遠のいた。幸いなことに、それ以来女性に暴力を振るう機会に巡り合ったことはない。
車中で河島洋子の話になった。
「あの人遊んじゃって駄目なのさ。会社中の男と遊んでるんだヨ」
「どうして」
「そんなこと知らないけど、あの人見た目可愛いっしょ」
小学校のグループ学習で、「ナイフとフォークを使って、食べ終わったらナプキンで口を拭くんだ」と西洋料理の説明をぼくがしていたとき、ナプキンと言ったところで彼女にキッと睨まれてから、いつの間にか一緒に<大人入門編>のとば口に立って話をするよう
になった。もちろん小学校六年生のお話だからたわいのないことだが、その頃は精神的に はずっと彼女の方が大人だったことは確かだ。早熟な肢体に成熟した笑みは当時のぼくを
圧倒していた。ぼくはそんな彼女に近寄るのを実は躊躇っていた。
中学校の統廃校で隣村からやって来た男子に彼女が熱中している、という噂があった頃 からぼくは「肉体的存在」を軽蔑しはじめていた。これはぼくの運動能力が小学校六年に
なってから極端に低下してきたのと深い関係があると今でも思っている。
小学校最後の運動会も近ずいたある日、ぼくより背が低くて、ずんぐりむっくりの短足 といわれていた内田君から、百メートル走の決闘を申し込まれたことがあった。
「万象、お前去年より足遅くなったナ。みんなお前のことそう言ってるゾ。今だったら俺 と競争しても俺に負けるんじゃないのか。なぁ、一回競争してみるべ」そのときは辛うじて胸一つの差でぼくが勝った。そして、ぼくは正直大いに傷ついた。
小学校四年で、その町に転校してからというもの圧倒的優位を誇っていた体力に挑戦さ れたことで、ぼくの未来にちょっとばかりヒビが入ったのだ。
そのヒビはぼくが小学校二年のある時から魚を食べなくなったことに端を発しているかもしれない。それはお土産にもらった青森のねぶた祭りの水飴が原因だった。姉が魚をつついた後の箸で、水飴を食べようとして魚の臭いが水飴についてしまったのだ。神経質だ
ったぼくはその日から海の物を避けるようになった。
そしてそのヒビが決定的になったのは、担任の村松先生の言葉だった。
「万象、お前幅跳び飛べなくなったね。二階の窓から体育の授業観てたけど、あんな助走 と踏切じゃ駄目だよ」
繙運動会の当日、ぼくはプログラムの最終リレーで、最後のコーナーを回るとき他走 者と接触して転んでしまった。家に帰ると母が聞いた。「万象、どうしてあんなところで転んだの?」
その日からぼくはクラスの「肉体の王者」の位置を滑り落ちた。
河島洋子が進学か就職かで悩んでいたとき、ぼくは「進学しろよ」と言ったことがあっ た。彼女の父親は、二号さんを囲って一杯飲み屋をやらせていた。人口わずか一万五千に満たない豪雪の街だから、町役場の広報車が行くところでは、そのことをだれでもが知っていた。
色白ぽっちゃり赤ホッペの二号さんが毛皮の襟巻きをしてキュッキュッと音をさせて雪下駄の足跡を雪道に残して歩いて行くのも、少し骨太で浅黒い顔をした母親が目の前を通
りすぎるのも、いつも遠くを見ているような切れ長の目で長身の父親がオーバーの襟を立てて飲み屋に入っていくのも、ぼくは自分の部屋の二階の窓から眺めて知っていた。
彼女は両親と暮らしたくなかったのかもしれない。さっさと就職先を決めて小さい町を出ていった。
就職してからの彼女の噂を最初に聞いたのは、高校一年の夏休み、その小さな町の神社 の境内でだった。例の挑戦者兼ラウドスピーカーの内田君からだった。
「河島よ、今度役場の奴とやるんだってよ」
「帰ってるのか」
「夏休みでな。あいつさぁ、最初男の車でどっか行くべぇ。したら、酒飲んで酔ったふり して寝ちまうんだってョ。それがあいつの手だって。昌子が言ってたぁ」
十五歳の少年の好奇心は無慈悲に性を抉り、ぼくはそれを咀嚼できないまままるごと目を瞑って飲み込んだ。
レールの継ぎ目を越えていく車輪の金属音が雨の日は耳に優しく響く。ゴトンゴトンと足裏を通過して体内に反響するレールの音を聞きながら、無口な街並みを飽きずに眺めるだけで、深海の対流に身を任せている物体のように安心して漂うことができた。きっとそんな雨の日は席に座らずに、乗降口に一人立ってドアが開いたり閉まったりするのを見ていた方が気楽で、きっと気持ちが落ち着くに違いない。
*
ただでさえ緑の少ない殺風景な校内では、骨化したミイラのようなフェンスが、絡まっ た蔦を衣服にして前屈みになりながらも必死に立っている。建物のコンクリート壁は雨で
黒灰色に変わり、いまにも跪きそうに重苦しく佇んでいた。
マイケル・ジャクソンがこの学校に留学して中国語を勉強し始めたら、毎晩中国語版< スリラー>パーティが路上で開催されるにちがいない。その時フェンスも建物も柳の木も
びっくりしたついでに踊り出すことだろう。
ときどきカラフルな傘が窓の下を通って校内にある郵便局の方に歩いて行く。その傘が流れに沿って川面に揺れる千切られた花片のように見える。雨はマシーンをも詩人にさせる。
続く
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